松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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やっぱり小泉八雲は寒いのが地獄でした  

2026年02月26日 11:16   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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アリア@矢野です。

さて、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)ゆかりの地といえばご存知の通り
ばけばけでも紹介の島根県松江市がどこよりも有名ですね。
ハーンはここで妻となるセツと出会い、日本文化への深い理解を育みました。
じつはハーンの松江滞在は1年ちょっとにすぎません。
後には、熊本中学、静岡、東京などに勤務地を変えています。
その理由としては松江中学は給料が安いためだと聞いています。
妻セツさんの家族・親戚の経済的な面倒を見切れなくなり、
給料が倍の熊本に移ったという説があります。

もう一つの理由は寒さだったといわれています。
明治23年の夏に中学校教師として松江に赴任したハーンは、
年末から翌年正月にかけての寒波に音を上げたそうです。
宍道湖が結氷するほどの寒さは、ニューオーリンズやカリブ海のマルティニークに住んでいた彼には
耐えがたかったろうとも思います。
次の冬が来る前の11月、セツを連れて熊本へ去っています。
もっとも明治の昔、寒いのは松江だけではなかったろうと思います。
東京でも9年1月に氷点下9.2度まで下がった史上最低気温の記録が残っています。
その時代、これに近い寒気はときどき首都を襲っていますので、
やがて上京してきたハーンも震えつつ冬を乗り切ったはずです。
名作「雪女」の情景にも寒さへの畏怖がにじんでいるに違いありません。

現在では、地球温暖化で、真冬でも氷点下4℃が1~2回ある程度です。
八雲ももう少し松江に居住していたかもしれませんね。