松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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松江/山陰バリアフリーツアーセンター の活動状況や、各種お知らせを掲載します。

小泉八雲(へるんさん)のこぼれ話です

2026年03月12日 13:56   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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盲導犬アリア@矢野です。

3月に入り花粉も飛び回っている松江市です。

ばけばけも今月末で放映は、終了しますが、それからもへるんさんでもちきりの松江市です。
おときさんの「サンキョウ」とヘブンさんの「願います」は、流行語になっています。

今日もへるんさんのお話です。
小泉八雲(ラフカディオ ハーン)は、松江では、「へるんさん」と呼ばれていました。
松江に赴任した時の辞令書の名前が「ラフカディオ ヘルン」と書かれていたそうです。
当時の島根県の役人も相当の英語力だったと想像します。
だからこそ外国人の英語教師を招いたんですね。
失礼しました。
八雲は、「へるん」が気に入りその後は、自分でもそう言っていたそうです。
「小泉
八雲旧居」は少し前までは「ヘルン旧居」と呼ばれていました。
あと「へるんヨウカン」が思いつきます。
八雲が好んだようかんで、東京へ行ってからも取り寄せるくらいだったそうです。
甘さ控えめのわりとさっぱり感があります。
また、晩酌は、ビール大びん1本だったそうで、毎日女中さんが、買いにこられていた。
と、江戸時代から薬局をされているお店の方から伺いました。
当時は、ビールは薬局で売られていたのも驚きです。ちなみに銘柄はアサヒです。
ところで、八雲は、旧制松江中学の英語教師として赴任しました。
その時の月給は、100円でした。
これは、県知事の次に高い月給でした。
その後、熊本の五高では、松江での倍学の200円でした。
家賃は11円。
校長の年収が1800円だったそうですから、八雲のほうが多くもらっていたわけです。
ちなみにその時の校長は、あの柔道の加納治五郎でした。
少しミスマッチな感じがします。
八雲は、松江でセツさんと結婚しましたが、実家に仕送りをしていたそうです。
給料が安いので、松江は住みやすかったが、仕方なく転勤(?)という噂もあります。
やっぱり、へるんさんも背に腹はかえられなかったようです。
その後は、神戸を経て、東京大学では、450円の月給をもらっています。
とんとん拍子に出世したようです。

このようなお話を聞きながら、へるんようかんを味見したり松江をおちらと歩きをしています。
「水あめを買う女」などの怪談噺を聞いたあとのお墓に行って帰るなどは、ご勘弁です。

以下に「飴を買う女」を引用しておきます。

「飴を買う女」
中原町にある大雄寺の墓場にはこんな話がある。
中原町に、水飴を売っている小さな飴屋の店があった。
水飴というのは、麦芽からつくった琥珀色の糖液で、乳のない子あたえるものである。
この飴屋へ、毎晩、夜が更けてから色の青ざめた女が白い着物を着て、水飴を一厘買いにくる。
飴屋は、女があんまり痩せて、顔の色が悪いものだから、
不審に思って親切にたびたび尋ねてみたが、女は何も答えない。
とうとう、ある晩のこと、飴屋は物好きに女のあとをつけて行ってみると、女が墓場へ帰ってゆくので、
飴屋は怖くなって家へ戻ってきました。
そのあくる晩、女はまたやってきたが、その晩は水飴は買わずに、飴屋に自分と一緒に来てくれといって、
しきりに手招きをする。
そこで飴屋は、友達と語らって女の後について墓場へ行ってみた。
とある石塔のところまでくると、女の姿がぱっとかき消えた。すると地面の下から、
赤児のなき声が聞こえる。
それから、みんなして石塔を起こしてみると、墓の中には、毎夜水飴を買いに来た女の骸(むくろ)があって、
そのそばに、生きている赤児がひとり、差し出した提灯の火を見て、にこにこ笑っていた。
そして、赤児のそばには、水飴を入れた小さな茶碗がおいてあった。
この母親はまだほんとに冷たくならないうちに葬られたために、墓の中で赤児が生まれ、
そのために、母親の幽霊が、ああして水飴で子供を養っていたのである。
――母の愛は、死よりも強いのである。
(出典 平井呈一訳「小泉八雲作品集」)



やっぱり小泉八雲は寒いのが地獄でした  

2026年02月26日 11:16   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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アリア@矢野です。

さて、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)ゆかりの地といえばご存知の通り
ばけばけでも紹介の島根県松江市がどこよりも有名ですね。
ハーンはここで妻となるセツと出会い、日本文化への深い理解を育みました。
じつはハーンの松江滞在は1年ちょっとにすぎません。
後には、熊本中学、静岡、東京などに勤務地を変えています。
その理由としては松江中学は給料が安いためだと聞いています。
妻セツさんの家族・親戚の経済的な面倒を見切れなくなり、
給料が倍の熊本に移ったという説があります。

もう一つの理由は寒さだったといわれています。
明治23年の夏に中学校教師として松江に赴任したハーンは、
年末から翌年正月にかけての寒波に音を上げたそうです。
宍道湖が結氷するほどの寒さは、ニューオーリンズやカリブ海のマルティニークに住んでいた彼には
耐えがたかったろうとも思います。
次の冬が来る前の11月、セツを連れて熊本へ去っています。
もっとも明治の昔、寒いのは松江だけではなかったろうと思います。
東京でも9年1月に氷点下9.2度まで下がった史上最低気温の記録が残っています。
その時代、これに近い寒気はときどき首都を襲っていますので、
やがて上京してきたハーンも震えつつ冬を乗り切ったはずです。
名作「雪女」の情景にも寒さへの畏怖がにじんでいるに違いありません。

現在では、地球温暖化で、真冬でも氷点下4℃が1~2回ある程度です。
八雲ももう少し松江に居住していたかもしれませんね。



てくてく日和で石見銀山 出雲 松江を紹介

2026年02月04日 13:15   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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矢野&盲導犬アリアです。


まち歩きバリアフリー情報誌てくてく日和-山陰-2026年冬・第53号が完成しました。
今回は、山陰道「出雲・湖陵道路」「湖陵・多伎道路」の開通によりアクセスが向上した、
石見銀山 出雲 松江エリアを「つながる島根!王道ドライブ旅」というテーマで紹介します。
空の旅の玄関口、出雲縁結び空港をスタートし、島根県の主要観光地である世界遺産石見銀山や
出雲大社を車いすユーザーがめぐります。
ドライブの途中に休憩できるNEWスポットや、出雲大社にほど近いバリアフリーのお宿、
大社表参道神門通りのグルメ情報など盛りだくさんの内容です。

中国地方の道の駅、山陰の主要観光案内所などで無料配布しております。
遠方にお住まいの方・画面読み上げソフト利用者のために、
下のホームページにてダウンロード版も順次公開します。
https://project-ui.com/social-business/barrier-free/hirori/



2026年第19代堀尾吉晴公松江武者行列とワークショップ開催のお知らせ

2026年02月03日 15:01   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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矢野&盲導犬アリアです。


2026年4月4日土曜日に、第19代堀尾吉晴公松江武者行列が開催されます。
松江武者行列は、松江開府の祖 堀尾吉晴公とその一行が松江城に入城する様子を再現した、
絢爛豪華な時代絵巻です。
毎年、勇壮な武者や色鮮やかな姫などに扮した大勢の市民が参加し、松江城を目指し、
桜咲く松江市内を練り歩きます。

松江武者行列の詳細は下のホームページをご覧ください。
https://www.musha-gyoretsu.jp/

市民の皆様に、武者行列を身近に感じていただくため、ワークショップを開催します。



「冬はやせやすい」って本当?

2026年01月13日 15:19   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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盲導犬アリア@矢野です。

冬は基礎代謝が上がる「ダイエットの絶好機」のようですよ!
冬は寒さで活動量が減るため、太りやすい季節だと思われがちですが、
実は一年の中で最も基礎代謝が上がりやすい季節です。
私たちの体は、外気温が下がると体温を一定に保とうとして熱を作り出すため、
エネルギー消費が活発になります。
つまり、理論上は「冬はやせやすい」といえます。
お正月太りを効率的に解消するためには、この冬の体のメカニズムを活かすことが近道です。
以下のポイントを意識してみましょう。

■温かい食事で内臓から温める
鍋料理やスープなどで体を内側から温めると、代謝の維持につながります。

■運動を習慣にする
基礎代謝が高い時期にウオーキングなどの有酸素運動や筋トレを行うと、夏場よりも効率よく脂肪燃焼が期待できます。

■姿勢を正す
寒さで背中を丸めていると代謝が落ちやすくなります。
シャキッと背筋を伸ばすだけでもエネルギー消費量は変わります。

「冬は太るから仕方ない」と諦めるのではなく、外気の冷たさを利用して、早めに生活リズムを整えていきましょう。
コタツに首までもぐっているのではなく、寒さを感じる程度がよいのではないかと思いますよ!