一言コメント:
伊勢志摩のバリアフリー情報を発信するセンターです。
伊勢志摩へ行きたいわ!って旅行を計画するときに、伊勢志摩の友人に聞くように、お気軽にお問合せください。
※スパムコメント防止のため、ブログへのコメント投稿は、SNSに参加されている方からのみに制限させていただいています。
お問い合わせ等ございましたら、iseshima@barifuri.com まで、メールで送ってください。
あけまして おめでとうございます
伊勢志摩バリアフリーツアーセンターです。
本年もよろしくお願いします!
新年にふさわしい、鳥羽の「おもてなし」イベントのレポートです。
1/5(金) 本日、近鉄鳥羽駅前で朝の9時から行われていた、
生わかめの無料配布
鳥羽磯部漁協和具支所&鳥羽市エコツーリズム推進協議会が企画したイベントです。
答志島から届いたばかりの生わかめを、小分けして観光客に配ると共に、
土鍋でお客様の目の前でしゃぶしゃぶして提供!
生わかめは、土鍋に入れたとたんに鮮やかな緑色に!
ポン酢をかけて、通りかかったお客様に食べていただきました。
鳥羽市観光課、観光協会、商工会議所の皆さんも参加。
鳥羽高校生も、元気な掛け声で、盛り上げてくれました!
観光客の皆さんは、
サプライズなおもてなしに、大感激!
「美味しいね~」の言葉が、何より嬉しい感謝の言葉です!!
乾燥わかめや塩蔵わかめは、土産物屋でも手に入りますが、
生ワカメは傷みが早いので、なかなか市場には流通しません。
「地元民しか食べることができない特別なもの」と断言しても過言ではないかと。
鳥羽の海は海藻の森。
伊勢湾周辺の山や森から川を伝い、運ばれてきた豊富な栄養で育まれています。
そんなミネラル豊富な海でそだったワカメですもの。
磯野香り=海の恵の香りなんですね!
妙に納得(笑)
お手伝いをされたみなさん、寒い中お疲れ様でした。
こんにちは
伊勢志摩バリアフリーツアーセンターです。
11月18日(土)に、鳥羽市防災避難訓練が行われました。
当センターでは、鳥羽市観光協会、鳥羽市観光課と協力し、
「南海トラフ地震避難訓練および帰宅困難者対策訓練」に参加しました。
8:30近鉄鳥羽駅集合 ミーティング
鳥羽市職員が、帰宅困難者として、インフルエンザ患者、子供連れ親子、車いす使用者役になり参加。
当センターからもスタッフ2名と専門員1名が参加しました。
8:59 緊急地震速報(防災無線、とばメールで告知)
9:00地震発生
駅構内にて、地震がおさまるまで、身をかがめて安全を確保します。
9:03~ 鳥羽駅(近鉄改札前)から日和山へ避難開始
駅からは、近鉄及びJR職員が避難訓練に協力。
近鉄職員は、けん引式車いす補助装置「JINRIKI(じんりき)」での車いす介助を行ってくださいました。
JR側の階段は、4名で車いすごと持ち上げて運びました。
この日はあいにくの雨。
でも本番を想定しての訓練では、このような環境こそふさわしい気がします。
日和山の斜面は平均斜度 8 度、最高斜度 14 度の急な坂道。
舗装はしてあるののの、足元は枯葉で滑りやすい状態になっています。
しかしJINRIKIの利点は、複数人で介助できるところ。
また、このようは介助方法では車いすが転倒しないので、
車いすに乗っている人も安心です。
日和山では参道入口から300 mほど上った所で待機。
その間に避難者数把握および報告を行いました。
9:30 津波警報解除
9:30~ 帰宅困難者を帰宅困難者受入支援施設(戸田家)へ誘導開始
今度は急な坂を下りますが、JINRIKIは前輪を持ち上げて介助するので、
前向きに安全に降りることができます。
9:40 帰宅困難者受入支援施設(戸田家)到着
この日はロビー横の一角を借りて帰宅困難者支援訓練開始
更に場所を変えて、
戸田家の職員から戸田家に備蓄されている避難用品の説明を受けました。
そして、10:15に終了、解散。
鳥羽一番街に事務所を置く伊勢志摩BFTCは、
実際には日和山ではなく、戸田家に一時避難するのが適切だと思われるので、
こうした受け入れ態勢が整っているの事は、本当にありがたい限りです。
そして、実際の災害時の避難においては、地理や避難場所を知らない観光客が多くを占めるため、
そこに居合わせた地元の人々や市役所職員らが自ら誘導係りとなって、
安全な避難を促す使命があります。
そのためには、こうした訓練がとても大切だと改めて感じました。
みなさん、お疲れさまでした!
おまけの写真。今日は映像を紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=NplIeSDfCN4&t=100s
株式会社JINRIKIさんが提供している映像です。
今から5年前の平成24年11月17日(土)。
平成23年3月11日東日本大震災後、初めての鳥羽市一斉避難訓練。
まだ試作品のJINRIKIを使って日和山に避難した日も・・・雨でした(笑)
こんにちは
伊勢志摩バリアフリーツアーセンターです。
当センターへの問い合わせは、そのほとんどが歩行困難者(車いす使用者含む)の旅行についてなのですが、
1年に7件ほど、視覚障害者の方からのサポート依頼があります。
そして、センター開局以来、ほぼ無かった聴覚障害者からの問い合わせやサポート依頼が、
ここ2年で4件ありました。
本日サポートをしたのも、聴覚障害者のご夫婦からのご依頼。
2泊3日の伊勢志摩旅行においての、手話サポート依頼です。
ご希望は、
2日目に鳥羽&二見観光、
そして3日目の神宮参拝&おはらい町・おかげ横丁散策について、
手話ができるボランティアに案内をしてほしいというもの。
問い合わせがあったのが、ご出発の1日前という急な依頼でしたが、
無事にボランティアが見つかり、サポートすることができました。
鳥羽&二見観光は、駅ボラを通して知り合った女性ボランティアさん。
手話が得意と聞いていたので、お願いすることになりました。
鳥羽のホテルに迎えに行き、打ち合わせをしている様子
そして、伊勢神宮でのサポートは「いせてらす手話ガイド」さんにお願いをして、ボランティアを手配していただきました。
「いせてらす手話ガイド」さんとは、
伊勢市内と近郊在住の手話サークルメンバーやろう者が集まり、
伊勢を訪れる耳の不自由な方のお手伝いが出来れば・・・と発足したボランティア団体です。
手話のプロの方々ではないのですが、
月に一度勉強会を開いて、伊勢の歴史や文化、そしてそれらの手話表現などを学んでいらっしゃいます。
コンセプトは「旅行時の手話通訳」というより、
「伊勢について詳しい手話のできるお友達と、楽しく観光しませんか?」という感じ!
ボランティアのみなさんも得意とする手話によって、観光客のお手伝いをしたい!
伊勢のまち、そして伊勢神宮のすばらしさを伝えたい!
という気持ちを込めて、活動をなさっています。
今回は、強力な女性ボランティア2名がサポート!
そのうち1名は、前日の鳥羽&二見観光をサポートしてれたボランティアさんなので、
更に安心!ってな訳です。
私も内宮参拝に同行!
表情豊かに手話で案内!
クリアファイルに入った資料も持参して、補足の情報を示してくれます。
手話と一言で言っても、
実は、その方の年代や受けた教育、育った環境によって、表現の仕方や程度は様々。
今回の依頼者の奥様は80代。
手話の表現としては、多弁ではありませんし、この方の生活の中で使われてきたものは、
実はスタンダードな手話でなかったりしました。
また、子供の頃の話をする時、
ある程度その時代のことを知っていたり、また、想像できたりしないと、
理解できない事が大かったそうです。(手話ボランティア談)
でも、ご夫婦がとっても仲が良くて、
久しぶりの旅行に、少女のように喜ぶ奥様を、
嬉しそうな眼差しで見つめるご主人の笑顔が印象的でした!
そして、宿泊先の旅館の従業員やたまたま入った飲食店の店員さんが手話ができる人だったりと、
お客様を喜ばせるサプライズもあったそうです!
旅行出発直前の依頼で、電話を受けた時は、一瞬戸惑いましたが、
おかげ様で、鳥羽&二見観光のボランティアさんがすぐに見つかり、
伊勢神宮参拝では「いせてらす手話ガイド」さんと連携することができ、
この、一見ハードルの高そうな依頼にも応えられる今の体制を、
本当にありがたく、心強く思います。
私も色々と勉強になったし、「いせてらす手話ガイド」さんからも、紹介したことにかえって感謝されたりと、
なんだか、実りのあるサポートでした。
つくづく、お客様のミッションにより、ネットワークが広がってゆくんだな〜とね!
お客様に感謝でございますよー。ホント。
こんにちは
伊勢志摩バリアフリーツアーセンターです。
夏休みも終盤戦です。
まだまだ、暑い日は続いますが、
衣料品売り場には、秋物が並びはじめ、
なんだか、ちょっと寂しい気もしますねぇ。
さて、平成29年8月23日(水曜日)、本日の新聞に、
「山田(優)が銅メダル フェンシング日本勢で初 ユニバーシアード競技大会」
という記事を見つけました。
山田 優(やまだ まさる)選手は、鳥羽出身の23歳
8月21日、北京で開催された、第29回ユニバーシアード競技大会フェンシング男子個人エペにて、
銅メダルを獲得!
同大会でのフェンシング日本勢でのメダル獲得は初めてとのこと!
おめでとうございます!
東京オリンピックへの出場、そして、メダル獲得が、俄然期待されますね!
山田選手は、県立鳥羽高校出身なのですが、
2012年8月の駅ボラに参加してもらったことがあります。
当時のブログ⇒http://blog.goo.ne.jp/hasakaru/d/20120814
このときは、鳥羽高校フェンシング部顧問の先生が、部員5名を連れて、参加してくれました。
その時のメンバーの中に、山田選手が含まれていました。
駅ボラ研修で、鳥羽駅JR側の階段で車いすを運ぶ様子
駅ボラ活動の様子
三重テレビ?の取材も受けていますね。
これはお宝映像ですぞ。
当時から、エースで、礼儀正しく、カッコ良く、リーダーシップもあり、
好青年だったという印象です。
そして、未来のオリンピック選手!!として、激励の言葉を掛けたことを記憶しています。
この時は、東京オリンピックが決定する1年前でしたが、
「将来オリンピックで活躍するかもしれないので!」とスタッフと記念写真を撮りました!
・・・撮ったのですが、残念ながら、その写真が見当たらないっ
さて、どこに行った
東京オリンピックでメダルを獲得するまでに、探しておきます。(笑)
山田選手は、それこそ、駅ボラの出世頭なのですが、
駅ボラを体験した人の中には、
社会で、地域で、活躍している人が沢山います!
当時、学生だんだったけど、念願の企業に就職して、そこでがんばっている青年!
地元で、観光客のガイドを始めた熟年男性!
やりたかった仕事に就いて、そこで生き生きと働いている女性!
人見知りで・・・とお母さんの勧めで参加したけど、今ではしっかりと社会の一躍を担っている若い女性!
などなど!
駅ボラを10年も続けていると、
当時高校生の男子が、今では子持ちのパパに。
そして、体型もそれなりにふくよかに・・・
なんて方もいますが、
家庭を持ち、育んでいるという、それはそれで、喜ばしいことだと思うのよね!
駅ボラをずっと続けていくれている人、
駅ボラは卒業したけど、ずっと繋がってくれている人、
も多い中、
そうじゃない1回限りの人もやっぱり多いのですが、
私たちは1回でも参加してくれたメンバーは、結構覚えているのもなんですよ~。
実は私は、駅ボラがきっかけで、センターのスタッフになったので、
そういう意味では、駅ボラで人生が変わった人もいるってことだ(笑)
山田優選手を応援するとお供に、
駅ボラに関わってくれたすべての人にエールを送りたい、今日この頃です。