1年ぶりの野蒜築港跡
野蒜築港資料室から太平洋、北上運河河口を望む(写真 左 震災前 右 震災後)
先日、震災後初めて東松島方面に行きました。毎年お招き頂いております東松島高校での講話が目的なのですが、かんぽの宿松島(現在も休業中)をおすすめしていたゆにふりにとっても、昨年大学院の講義で野蒜築港跡に魅せられた自分自身にとっても思い入れの強い場所だけに、未だに手付かずの状態に愕然とし、震災から半年が経とうとしているなかで復興復旧が緒にもついていないのではないかと、同じ宮城県内に住みながら仙台で当たり前のように日常生活を送っている自分に現実を突きつけられました。
北上運河河口に建つ野蒜築港跡石碑(写真左) 津波によって流され、最近元の場所まで戻したそうです。(写真右)
1年ぶりに訪れた築港資料館周辺は、住宅群が津波によって流され、道路があったと思われる箇所は、草木が生い茂り全くわからない状態。変わらないのは、太平洋の波の音だけでした・・・。
明治政府による東北開発の中心的な事業と位置づけられていた野蒜築港。完成から3年後の台風による被害で施設は放棄されてしまいましたが、現在は重要な土木遺産として全国に名を馳せています。築港跡が震災からの復興を遂げ、また私たちにその姿を見せてくれる日を望まずにはいられません。
参考リンク
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野蒜築港(Wikipedia)